マラソンレース中にランナーを襲うトラブル対処方法のまとめ
スポーツは楽しいものである一方で、残念ながら、何らかのトラブルがつきものです。マラソンレースも例外ではありません。しかし、トラブルの原因が正しく理解されていれば、その対策も立てられます。ここでは、マラソンレース中のトラブルの原因とその対策を考えてみます。
1.体のどこかに痛みが出た場合
まずやってはいけないことは、痛みをがまんすることだ。がまんしながら走り続けると、痛みがある場所を無意識にかばうことになり、体のバランスが崩れる。そしてバランスが崩れてしまうと、また違う箇所の新たな痛みを誘発するといった悪循環に陥ってしまうことがある。
ランニング時に、1歩ごとに足にかかる衝撃は200kg近い。これだけの力がかかれば、少しのフォームの崩れが故障につながるのは当然のこと。
痛みが出たときは少しスピードを落とし、姿勢の崩れや着地の位置などを見直してみよう。左右のバランスを含めて理想のフォームにリセットしてあげると、痛みがなくなることも多いはずだ。
しかし、マメがつぶれたり、ヒザの外側の腸頸靭帯炎がひどいときなど、走り続けられないこともある。痛みをがまんしすぎると、後遺症のようなものが残る場合もあるので、絶対に無理は禁物だ。歩いての完走目的に切り替えたり、リタイアする勇気をもつことも、ときには必要である。
腹痛が起きた時
マラソンで起こる腹痛は、食事に問題がある場合が多いようです。脂肪の多い食事を取ったために消化が間に合わなかった、繊維を多く取ったために腸内でガスが発生した、スタート間際まで食事をしていた、といったあたりが主な原因でしょう。
腹痛を防ぐには、これらの点に注意することが大切です。しかし、ランニング中に起きる腹痛には、原因のはっきりしないものも少なくありません。
腹痛が起きてしまってからできることは、さほど多くありません。痛む部位を手で押すとか、上体を前かがみにするとか、昔からよくいわれている方法はありますが、これらはあまり有効ではありません。
しかたがないので、痛みがひどい場合にはペースを落とします。ほとんどの腹痛は、時間が経過すれば治ります。10分でも20分でも、痛みが去るまでペースを落とすのが最良の策だと思います。もしペースを落としてもいつまでも痛みが治まらない場合には、棄権することを考えた方がいいでしょう。
痛みをこらえながら、自分でも満足できないタイムで走っても、あまり意味があるとは思えません。完走回数などにこだわっているならともかく、そうでもなければ棄権が最も賢明な選択だと思います。
いずれにしても、走りながら医師のアドバイスを受けるわけにはいきませんから、あなたは走りながら自分自身で決断を下さなければなりません。
2.マメができた時
マラソンを走るランナーは、誰もが1度や2度はマメができた経験を持っているものです。
マメは足裏の皮膚がシューズ内で繰り返しこすれることにより、一種のやけど状態起こしたものです。まず皮膚が赤くなり、次に皮膚の下に液体がたまって水泡ができます。
さらに走り続ければ水泡が破れることもあります。
マメの原因は主にシューズにあります。サイズの合わないシューズをはくと、シューズ内で足が滑り、その摩擦がマメの原因になります。幅が狭すぎるシューズも、足裏に跛が寄るのでよくありません。
また、シューズ内の温度と湿度が高くなるほどマメができやすくなりますから、通気性の悪いシューズはマメの原因になります。特に気温の高い日のレースには、通気性のいいシューズをはかないとマメに苦しめられます
初心者ランナーほどマメはできやすいといえるかもしれません。
マメを防ぐためには、スタート前に足裏にワセリンや石鹸などを塗ると効果があります。
それでもできる人や、できる部位がいつも決まっているような人は、絆創膏やテーピング用のテープを貼ってしまう方法もあります。多少違和感があるかもしれませんが、マメを防ぐ上では非常に効果があります。ただし、ランニング中にはがれてくると大変なことになるので、絆創膏やテープの角は丸くカットしてください。
マメができてしまうと、とかくそれをかばって走りたくなりますが、あまり不自然なフォームにならない方がいいようです。マメのできていない足にばかり重心をかけたり、マメのできた部位を浮かせるようにして着地したりしていると、膝や足首への負担が大きくなり、思わぬ故障を招く危険があります。
フォームは変えずにストライドをやや短めにするのが、 マメができた時のうまい走り方です。ロングストライドで走り続けるのに比べれば、症状の進行を遅らせるくらいの効果はあるはずです。
マメはレース後の処置で間違いなく回復しますから、本人が痛みに耐えられるなら、棄権する必要はないと思います。もちろん早めに棄権し、すぐにトレーニングを再開して次のレースを目指そう、という考え方もあるでしょう。走り続けるか棄権するか、決断するのはやはりあなた自身です。
3.完壁な予防は難しいが、靴やソックスを工夫しよう
「マメ」とは、実は摩擦熱によって低温やけどが起こることでできるもの。ランニング中にマメができる原因の多くは、ランニングシューズが小さ過ぎたり、大き過ぎたりしてシューズと足の摩擦が大きくなり、摩擦熱が生じて起こる。
こうしたことを最小限にするためにも、シューズ選びが大切になってくる。 ランニングシューズの場合は、一般的なシューズに比べ、通気性に優れているため、足が熱を持ちにくいので、マメ予防に適している。
シューズ選びをするときには、走っている間に足が少し膨張するということを頭に入れておこう。試し履きするなら夕方にし、シューズのつま先に指1本くらい入る程度の大きさのもの が、マメ予防にはよい。
また、体のバランスが悪い走り方をしていると、靴底のすり減り方もアンバランスになってしまうため、走っているうちに足が靴の中で滑ったり、足裏の一部だけに力が集中するなどして、マメができる原因となってしまうので気をつけたい。
そしてレースに参加する場合には、マメは一度できてしまうと、絆創膏を貼る程度では痛みを抑えることはできないので、しっかりレース前にマメ予防をしておこう。
予防としては、まずは潤滑剤を使うこと。薬局などで気軽に入手できるワセリンがおなじみだ。足の裏全体に塗っておけば、擦れを予防することができる。肌への悪影響もなく、塗る場所の制限もないので、ワキや股など、こすれるのが気になる場所にも使用できる。足指の部分が5本に分かれているタイプのソックスを使用するのも有効。
トイレに行きたくなった時
レース中に尿意や便意を催すということも、ゴールまで長時間を要するマラソンでは比較的よく起こります。
もっとも尿意に関しては、気のせいではないかと思えるふしもあります。なぜなら、膀脱の容量はだいたい500ml程度で、300mlぐらい尿がたまると尿意が起きるようになっています。正常な人の1日の尿量は1500~2000mlですから、普通なら300mlたまるのに4時間程度はかかる計算になります。
特にランニング中は汗として体内の水分が出て行きますから、腎臓は尿を濃くして容量が少なくなるように努力しています。スタート前に排尿しておけば、ゴールまではもつはずなのです。
「また尿意が起こるのではないか」という不安を持つのが原因なのでしょう。気にせず走れば、きっとゴールまで尿意は起こらないはずです。
便意が起こる原因は、単なる生理現象のこともあれば、下痢など消化器に異常が起きていることもあるでしょう。また、「便意が起きては困る」という不安から、心身症的に下痢を起こすこともあると思います。
レース中に尿意や便意が起きても、別に困ることはありません。コースの途中には必ず数力所のトイレが用意されています。プログラムのコース図には、たいていトイレの場所も示されていますから、スタートする前にチェックしておくといいでしよう。コース脇の公園やガソリンスタンドのトイレが、選手用のトイレとして使われることが多いようです。
もしせっぱ詰まった状況に陥ったら、指定の場所でなくても、ガソリンスタンドや鉄道の駅などでは、トイレを使わせてもらえるものです。
トイレに寄るのは確かに時間のロスですが、そのくらいのことでレースをあきらめず、まだまだ目標に向かって頑張るべきです。
4.思わぬトラブルにはどのように対処する?
体調が万全でも、レース中トラブルが起こることを想定し、対処法を知っておこう。事前にトラブル予防をしておくことも大切だ。トラブルを想定しておこう
初めてのレース。レースに向けて体調を万全に整えていても、レース中にトラブルになることを予想しておくことも忘れないように。
トラブルになることをまったく考えていないと、アクシデントが起こったときに、パニックになって冷静な対処ができないことにもなりかねない。突然のトラブルにも、対処法を知っておけば、あわてなくてすむはずだ。
腹痛の原因が朝食のこともある
レース中のトラブルとしては、腹痛・足のけいれん・足のマメ・靴ずれなどが挙げられる。レース中の腹痛の原因としては、朝食が消化不良を起こしていることが考えられる。
脂っこいものや食物繊維の多い食べ物は消化しにくいので要注意。朝食はレースの3時間以上前に済ませることも大切だ。レース直前には消化のよいバナナやゼリー飲料・スポーツドリンクなどにとどめておこう。
腹痛が起こったときには、いったん走るのを止めて立ち止まり、深呼吸をするなどして力を抜くようにしよう。
レースの後半は足のけいれんに注意
レースの後半、足の筋肉は疲労し、けいれんしやすい状態になっている。足のけいれんが起こったときには、いったん走るのをやめて、沿道に寄り、ストレッチを行って足の筋肉をほぐすようにしよう。
けいれんが収まったら、また走り出すが、いったんけいれんを起こすと、何度もけいれんを起こしやすいので、用心しながら走ることが肝心。
また、塩分を摂ると治る場合もあるので、塩は必需品だ。最近では、手軽に携帯できる塩キャラメルや塩羊菫などを持参するランナーも増えている。
絆創膏は必ず携帯すること
足のマメ・靴ずれは、練習時にマメができやすい箇所があれば、あらかじめ絆創膏を貼ったり、ワセリンを塗ったりして予防しておくことが大切だ。
ウェストポーチには絆創膏を入れておき、マメができたら、立ち止まって貼るようにしよう。初めてのレースだからと、下ろしたてのシューズを履くのは靴ずれの原因になる。練習時から履きなれたシューズで走るようにしよう。
レース中さまざまな部分に痛みを感じるときには、フォームが乱れていることも多く、いったん、立ち止まってウォーキングなどを行い、フォームの確認をするのもよい方法だ。
もし、レース中、体調が悪くなったら、無理をせず、勇気を持って、周りの救護班や給水所のスタッフに体調が悪いことを申し出よう。リタイアする決断も必要だ。
虚脱(コラップス)
レース中、 ランナーの足取りがおぼつかなくなりフラフラの状態になるアクシデントを見かけることがあります。一般市民ランナーはもとより、トップランナーに起こることもめずらしくありません。
箱根駅伝においても、ブレーキと呼ばれるアクシデントが起こり、時には走行不能となって棄権を余儀なくされる例もあります。
これらのアクシデントの原因は必ずしも明らかにされていませんが、テレビや新聞はその原因を一律に「脱水」と報じることが多いようです。
しかし、これは必ずしも正しいとは言えません。マラソンなど長時間運動時においてフラフラになり、正常なランニングができなくなってしまった状態を英語ではcollapse(コラップス)、日本語では「虚脱」と総称しています。
重要なことは、一見同じ症状に見えても虚脱はさまざまな原因で起こるため、その処置や対策も異なるということです。
長時間運動時に起こる虚脱の原因についての一般的な分類を示しました。脱水はあくまでもそのうちの1つに過ぎず、その他の原因についてもよく理解しておきたいところです。
運動性虚脱
マラソンや駅伝でゴール後にバッタリと倒れるシーンをよく見かけます。
これは脱水と片づけられそうですが、 この場合は暑熱ストレスや脱水が直接の原因になることは少なく、多くは血圧が急速に下がることによって起こります。これを特に、運動性虚脱(Exercise Associated Collapse EAC)と呼び、上記の総称としての虚脱とは区別します。
さて、運動性虚脱の起こるメカニズム、すなわちなぜ血圧が急に下がるのかを考えてみます。運動時、特に高温下では放熱のため、多くの血液が皮膚に回っており、血液は皮膚や末梢にたまりやすい状態になっています。
しかし、筋肉は収縮することで心臓と同じようにポンプの役割を果たしていますが、マラソンで起こる虚脱の原因で、末梢の血液を再び心臓に戻しています。
これを第二の心臓と呼び、 このおかげで血液は滞りなく循環することができます。ところが、急激にスピードを落としたり、 ゴール後急に立ち止まったりすれば、筋のポンプ作用が突然なくなるので、血液は皮膚や脚などの末梢に滞ってしまい、血液の循環が悪くなって脳に十分な血液が送られなくなり、虚脱状態になったり失神したりしてしまうのです。
運動性虚脱の処置としては、脚を高く上げ、頭部を低くして寝かせ(トレンデレンブルグ体位)、脳血流を確保すれば通常は速やかに回復します。
運動性虚脱
熱射病
低血糖
低ナトリウム血症
低体温症
筋痙攣
心停止
脱水
熱射病(高体温症)
運動によって体温が40℃ 以上と異常に高くなり、中枢機能に異常をきたすと熱射病になります。応答が鈍い、言動がおかしい、意識がないなどの意識障害を起こしたり、重症例では血流障害や血液凝固によって脳、心、肺、肝臓、腎臓などの多臓器不全を合併し、死亡率も高くなります。
気温が高い時ほど熱射病は起こりやすくなりますが、気温が低い場合でも熱射病は起こる可能性があることを知っておかなければなりません。
レース時の外気温10℃、相対湿度60%というマラソンにとって言わば理想的な天候において、よくトレーニングされたランナーがゴール目前で虚脱状態となり倒れた事例が報告されています。
救急施設へ搬送された時の直腸温は40.7℃でしたが、体調不良に加えて、 レース後半に実力以上に頑張りすぎたことが原因と考えられます。
また、レース距離が長くなるほど熱射病の危険性も高くなると予想されがちですが、実際にはマラソンやウルトラマラソンでの熱射病事例は意外に少なく、数々のマラソンレースにおける救護の統計資料によるとその発症率はおおよそ1万人に1人の割合です。
むしろ、マラソンより距離の短い5~20kmのレースで熱射病は多く起こっています。
気温が低く、あるいは距離が短くても熱射病が発症するという事実は、原因が環境条件だけでなく、代謝量、すなわち体温の上昇度に強く関係していることを物語るものです。
つまり、必要以上に頑張ってしまうことが熱射病のリスクを高くしていると考えられます。逆に、マラソンよりも長い距離になり、 しかも気温が高くなれば、ランナーたちはおのずと慎重になり、無理をしないために、熱射病の発症が少なくなっているのでしょう。
こうしたことから、暑熱下でのレースでは何より無謀なレースを避け、無理をしないことが最も重要な熱射病の予防法になります。
低体温症
気温が低い環境下のマラソンでは、体温が35℃ を下回る低体温症の発症頻度の方が熱射病(高体温症)より2倍ほど高くなります。また、 ウルトラマラソンの救護実績でも、やはり低体温症がより多く見られます。
冬のマラソンで低体温症が多い理由の1つに、オーバーペースが上げられます。特にレース経験の少ない市民ランナーでは、前半オーバーペースで走り、後半に失速するケースが多く見られます。
前半のオーバーペースは、発汗を活発にして放熱量を高める一方、後半にペースが落ちれば代謝量(産熱量)は低下し、その結果、放熱が産熱を上回ることになるため、体温は低下しやすくなります。
後半に気温が下がったり雨が降ったり、風が強まる、向かい風になるといったように気象条件が悪化すれば、 さらに放熱を促進させ、体熱を奪っていくことになります。
また、タイムの遅い市民ランナーほどレース時間が長くなるので、それだけ環境変化の影響を受けることになります。その他にも、前半のオーバーペースは後半の低血糖を招き、その低血糖が低体温症を促進することも明らかにされています。
このように、マラソンでの低体温症はオーバーペースをはじめ、諸要因が連動して低体温を招いていると考えられます。低体温症を回避する最善策は、環境条件に合わせて適切な着衣を選ぶとともに、ペース配分の工夫が最も重要になるでしょう。
前半をある程度セーブして余力を残し、後半を速くして産熱量を上げられるようなネガティブ・ペースが望ましいと言えます。前半の寒さは気にならなくても、後半の寒さは耐え難いものになるからです。
低ナトリウム血症(水中毒)
運動時の虚脱の原因を全て脱水と断定してしまうことに異論を述べました。虚脱には、脱水とは生理学的に全く逆のメカニズムで起こる低ナトリウム血症(水中毒)があるからです。
脱水は体液が不足した状態であるのに対し、低ナトリウム血症は逆に水分が過剰になって起こります。当然、救急処置、予防策も全く異なります。しかも時に生死に関わることもあり、両者は厳格に区別して対処しなければなりません。
スポーツ活動時の低ナトリウム血症は、極めてまれな例というのが従来の認識でした。確かに、 トレーニングを積んだランナーでは滅多に起こりません。
しかし近年、特にアメリカを中心に軍事訓練時やマラソンレースにおいて死亡事例を含む低ナトリウム血症の事故が報告されるようになってきました。
マラソンレース時に見られる低ナトリウム血症は、ほぼ例外なく給水所での水の飲み過ぎが原因で起きています。低ナトリウム血症では、細胞の水が過剰になり、重篤な場合には肺水腫、脳浮腫を起こし、死に至ることもあります。
マラソンレースなどの調査結果では、血漿ナトリウム濃度が低下している事例(<135mmol/1)は10%前後、 さらに低下した重篤例(<120mmol/1)は0.5~ 1%と思いのほか多く見られます。
通常のスポーツ活動では本症を特別心配する必要はありませんが、マラソンレースのような長時間運動になると発症リスクは突然高くなります。具体的なリスク要因として、比較的体重の軽い女性あるいは初心者ランナーが4時間以上にわたりレースを続け、体重減少量以上に水を飲んだ場合があげられます。
つまり、一般市民ランナーにこそ低ナトリウム血症の注意が必要で、とりわけ水の飲み過ぎは避けなければなりません。
低血糖
長距離レースでは、エネルギー源である肝臓や筋肉の貯蔵グリコーゲンが次第に消耗してゆくので、作業筋は血中の糖の取り込みを増やしエネルギー供給を確保しようとします。
しかし、肝臓から血液への糖の供給が間に合わなくなると、血糖値は次第に低下することになります。これが長時間運動時にみられる低血糖です。低血糖は、市民ランナーなどの初心者に起こることもあれば、 トップアスリートに起こることもまれではありません。
マラソンでは30km過ぎに壁があると言われますが、その壁に突き当たったかのように急に力が抜け、ペースダウンを余儀なくされた経験をもつランナーも少なくないでしょう。
この時、多くは低血糖が原因で起こっています。低血糖では、糖を唯一のエネルギー源とする脳にも大きなダメージが及びます。ある実験結果では、3時間の自転車運動において低血糖になると、脳が取り込む糖の量が極端に減少し、脳のエネルギー不足に呼応して被験者は急激に苦しさを感じます。
この苦しさは、ランナーが何とか走ろうとする意志に抗し、 もうこれ以上体に無理をさせないようにする脳の急ブレーキとも言えます。
低血糖状態になると、集中力を欠き、脱力感が襲い、走る意欲が失われ、 ランナーはもうこれ以上走れないと感じるようになりますが、 これ以上のエネルギー枯渇を防ぐための安全装置でもあるわけです。
ところで、 レース中に低血糖を起こしやすいタイプとそうでないタイプがあるようです。どちらかと言えばスピードランナーが低血糖を起こしやすい傾向にあります。
これは恐らく、エネルギーの使い方が関係しています。筋肉は主に糖と脂肪の2種類の燃料を使い分けます。トラック種目では貯蔵量に限りはあるもののスピードが出る糖を優先的に使いますが、運動時間が短いので供給不足になることはありません。
一方マラソンでは、糖を節約しながら脂肪をうまく使っていきますが、糖を無駄遣いすれば終盤エネルギー不足を招き、スタミナ切れを起こします。スピードランナーでは、持ち前のスピードを生かそうとして糖質燃料を奮発してしまう傾向があり、それが高じて後半で低血糖が起こりやすくなります。
トラックのスピードをマラソンに生かすことが推奨されていますが、エネルギー事情からすれば両立はなかなか難しいのです。いずれにしても、マラソンを走るには糖質と脂質のエネルギー配合をうまく調整する能力が重要になり、その能力を獲得するにはトレーニングの裏づけが欠かせません。
5.アクシデントの発生とその予防
マラソンや長距離レースで起こるアクシデント(虚脱)にはさまざまな原因があることを見てきました。ランナーとしては、 こうした虚脱にならないようにその対策を考えてみたいと思います。
その際、エリートランナーと市民ランナーで分けて考えておくのが良いでしょう。エリートランナーにとって、虚脱対策の最大の課題は低血糖を防ぐことです。
エリートランナーほど低血糖による虚脱になりやすいと言っても過言ではありません。スピード(糖代謝)と安定したスタミナ(脂質代謝)という、相反する二者をより高い水準で両立させることが要求されるからです。
それは、スピードとスタミナを年間トレーニング計画の中でどのように組み立てるかというピリオダイゼーション(期分け)の問題にもなります。
もちろん、 レース中に糖質飲料を補給するといった方法も有効です。しかしなんと言っても根本的な対策はトレーニングの充実です。このことは、十分認識しておきたいところです。
一方、市民ランナーもトレーニングの充実ということに変わりはありませんが、市民ランナーに見られるアクシデントの原因に「無謀なレース」をあげることができます。
トレーニング不足、体調不良を押してレースに参加する、あるいは無謀なペースに挑む、 といったことです。自己の能力に合わせて安定したペース配分で着実に走る。これは、記録更新を狙う戦略であると同時に、事故無く安全にマラソンを楽しむ方法でもあります。
エリートランナーも市民ランナーも、マラソンで起こるアクシデントを防ぐために、決して消極的な方法をとる必要はありません。記録向上を目指し、 自己の実力をいかんなく発揮できるトレーニング計画とペース戦略が、最も効果的なアクシデントの予防策でもあるのです。
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