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なぜマラソンは42.195km?距離の記録・歴史や計測方法

この疑間に答えてくれるのは。1908年(明治41年) ロンドンで開かれた第4回オリンピックのマラソンである。このマラソンの競技中に起こった劇的な出来事がマラソン史を振り返るとき、永く語り継がれる話となった。

後にこのときの距離26マイル385ヤードが、マラソンの正式距離に決められることになった。

ロンドンオリンピックのマラソンコースは、ウィンザー公園からホワイトシチー競技場までの片道コースで、その距離はスタートから競技場入り口までが26マイル、競技場に入って左回りにトラックを回り、ロイヤルボックス前のフィニッシュまでが385ヤードだった。

レースは7月24日午後2時半にスタート。参加選手56人。ウィンザー宮殿に滞在中の皇太子妃がピストルを撃った。

まず地元イギリスのロードとプライスが先頭に並んで16kmまでリード。南アフリカのヘファーソンとイタリアのドランド・ピエトリが50m遅れてこれを追う展開となった。フローレンスのパン職人ドランド・ピエトリこそ、この物語の主人公である。

24km地点、先頭を行くのはヘファーソン、続いて2分遅れてピエトリ。 32km地点でヘファーソンとの差はさらに4分に広がっていたが、ピエトリここからはじりじりと追い上げ、41kmでついにトップに躍り出た。

しかし、追い上げで無理を重ねていたピエトリには疲労の色が滲んでいた。後続のロードとプライスの戦列も乱れて、はるか後方に下がっていた。

彼らに代わりニューヨークのデパート店員ジョン・ヘイズが堅実なペースでピエトリを追い上げ、一射程距離に捉えようと力走していた。

いよいよ競技場。入り口を通過したピエトリはトラックを右に行かず左に向かう。 あわてた役員が方向を変えるがピエトリはますますよろめきついに転倒。場内騒然とする中、救急箱を持った医師が数人の役員とともに駆けつけ、ピエトリを介抱する。

助け起こされたピエトリは10歩進んでは倒れ、また立ち上がってフラフラと歩を運んだ。周りには警官と役員が付き添い、ピエトリに手を貸してやっとのことでテープを切ることができた。フィニッシュで気を失ったピエトリは担架で運び出され、医師に介抱された。役員が手を貸したのだからピエトリは失格である。

その優勝は記録としても抹消されることになった。このドラマチックな展開に熱狂したスタンドでは議論が二分した。 「ルール違反で失格は当然だ」「いや、あの役員の処置こそ、ヒューマニズムの極致。失格はむごい」 いずれにせよ繰り上げ優勝ヘイズの記録は2時間55分19秒、2着はヘファーソンで2時間56分6秒、3着はアメリカのフォアショーで2時間57分であった。

命をかけたピエトリの力走には、世間の同情が集まった。時の皇后アレキサンドラは特に金杯を贈り、シャーロック・ホームズの物語の作者で、競技役員だったコナン・ドイルは役員から寄付金を募り、「シャーロック・ホームズより」と彫り込んだ金のシガレット・ケースとともにピエトリに贈った。

後に、1920年(大正9年)、国際競技連盟はイギリス陸連の提案を採択し、ピエトリの悲劇を記念してマラソン競技の距離を42.195kmと決定、1924年(大正13年)のパリオリンピックから実施した。 マラソン42.195kmという距離、今では走らない人でも知っていて、当たり前のように口にしているが、紐解いてみると実に味わい深い物語があるからおもしろい。

1896年(明治29年)にクーベルタンによって復活したオリンピック競技、そしてフルマラソンは、ギリシャ人スピリドン。ルイスの激走で2時間58分20秒という記録が残っているが、このときのマラソン距離は75kmだった。

42.195kmの距離と記録にこだわるとすれば、1908年の第四回ロンドン大会が最初になる。記録としてはピエトリが失格したため、繰り上げ優勝したアメリカ・ニューヨークのデパート店員ジョン・ヘイズの記録2時間55分19秒がマラソン記録の第1号ということになる。

アテネで第一回大会が行なわれてから今年で112年目になる。この112年間でマラソンの記録は飛躍的に伸びていて、2008年7月現在でマラソンの世界記録は2時間4分46秒。

アフリカ、エチオピアのランナー、ハイレ・ゲブレセラシュがベルリン大会で出した記録だ。ヘイズが112年前に残した記録から実に50分33秒も速い。この間、トレーニング方法の改善やシューズに代表されるような用具類の改良などが挙げられるが、100mなどの短距離走と比べてみると凄い伸びである。

予想外!マラソンの42.195kmという距離の測り方

フルマラソンの正式な距離は42.195kmです。
やや中途半端な数字ですが、この距離は世界陸連で公式規格として定められています。各国の大会主催者は、公認のマラソンコースを決める際、国際ルールに基づいた正確な距離計測をしなければなりません。

中国のある地方都市で国際マラソン大会をやりたいということでいってみると「今こちらで候補にしているコースです」と、1枚の地図を手渡されました。地図には1kmごとにマークがしてあります。

「この距離は、どうやって計測したのですか?」と通訳を介して質問。「車で測ったよ。3回もやったから間違いないよ。車も新しい」

現在日本の主要大会では規定にのっとり50mの銅鉄製メジャーを使い計測しています。すべては手作業で行われ、50mを単位として、844回という途方もない回数を人の手で正確に測っているのです。

ロードレースの場合は、道路の端から30cmの地点で測ることも決められているので、そのためのメジャーも正確なものを使います。

この計測作業、国内では交通量が多いため困難を極めているようです。また、計測はそれだけで終わりません。

万が一、世界記録などが出た場合のことも考え、国際大会のルールを適用するための計測も重ねて行います。それは、レースの日に、外国人の公認計測員の乗った複数の自転車を走らせる計測法です。自転車を3台走らせ、誤差がないかどうか再確認します。42.195kmという中途半端な距離でも、これだけやれば間違いはありません。


マラソンの走るコースの測定方法は、厳密に決められています。
特に国際大会では慎重を期すため、国際陸上競技連盟公認公式計測員の資格を持つ人でなければ、計測することが出来ません。

実際の測定方法は、公式のカウンターを付けた自転車での計測と、長さ50mのワイヤを使っての計測の二つに分けることが出来ます。
国際大会では前者の方法、国内大会では後者の方法で、計測されています。

ただ、道路を何も考えずに走ったり測ったりしても、ライン取りによって距離が異なってしまいます。
そこで、道路の計測の際には、どのラインで測るのかが決められています。

そのラインは、走路となる車道の歩道端部から30cm離れた位置。道路の曲がる場所では、左カーブは湾曲部分の内側から30cm入った位置。右カーブなら道路のセンターラインから30cm内側となります。
S次カーブなら直線で最短のラインを測ることになります。

実際の測定方法は、国内で主流のワイヤによる測定では、直径5mm長さ50mの基準ワイヤが用いられる。
42km強に対して、1回50mなので、約840回以上も繰り返さなければなりません。

しかも日中は、一般道路で車が走っているので、計測できません。
深夜に警察の許可を取って、1日2時間ずつ、1週間ほどかけて、計測が行われています。



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